さらに『長谷川林道』
以前、、「おぉ~!感動っす!!!」の記事に、Tさんからコメントをいただいたことに始まった、「長谷川林道」探し。
その後、『長谷川林道』の記事に書きましたが、Tさんより長谷川林道の載った地図の情報をいただきました。
そして、今回遂に!!!!
とある方が、現地調査した画像を送って下さいました。
早速、頂戴した画像を拝見していきましょう。
引用は、画像を送って下さった方からのコメントです。
>>緒方側に進むと橋台跡と思われるものがありました。
>>橋台からも分かるように長谷川林道は豊肥本線より
>>1~2m高い所を走っていたようです。
>>つい最近破壊された跡が残っていました。
>>伐採された山の写真は轟付近の築堤や路盤跡です。
>>この手の遺構はかなり残っています。
さらに、下記コメントも頂いています。
>>長谷川林道は傾山の伐採場から無動力で降りてきたそうです。
>>轟橋の少し上流に退避場みたいな駅があり
>>そこから井崎まで機関車で牽引
>>井崎の近くに駅があり
>>そこから(多分)貨車1両のみでを道の駅にあった貯木場まで
>>運んだそうです。
>>井崎-牧口はずっと上り勾配です。
>>
>>貯木場~牧口駅までも軌道が通っていて
>>駅舎とは反対側(ゲートボール場:今は藪)に重機があって
>>国鉄の貨車に積み込んでいたそうです。
>>
>>砂田には唯一のトンネルがあり
>>現在でも綺麗に残っていますよ!
おぉ~!
テキサス大学所有の地図に載っていた、標高700m程の所から、轟橋の近くまで、無動力で降りてきたって・・・。凄いですねぇ~。
どんな車両を使っていたンでしょうね。木曽森林鉄道みたいな運材台車を使ってたのかな???ブレーキ、どうしたんだろ???想像すると、ワクワクして来ちゃいますね。
ゴン太さんの「九州ヘリテージ №16 轟橋・出会橋」の記事に載っている、あの機関車が引っ張っていたんですね。
「むかご会ホームページ」さんには、下記のように書かれています。
「傾斜のきつい山々から大量の巨木が切り出され、トロッコ5・6台をジーゼル機関車で索引し、文化財にも指定されている轟の出会い橋を渡り、清川村の牧口貯木場まで運んでいた。」
牧口駅の駅舎とホームを挟んだ反対側、ちょっとした広場があった記憶があるんです。そこで国鉄の貨車に積み替えていたんですね。
さらに、トンネル残ってるんですかぁ~!!!???
素掘りなのかなぁ~???
それにしても、貴重な情報をありがとうございます。
次回帰省の際には、ぜぇ~ったい行ってみなきゃ!です。
数々の九州遺産を調査された、ゴン太さんのサイトです。
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